Morning Dew of A Lotus Petal

古今東西文化と歴史の謎、着物、茶の湯、奈良・神戸・大阪・京都の風物詩など筆に任せて書いてみます。

東大寺 修二会とお水取りの謎 ~その2~

【修二会(しゅにえ)】を実施する【練行衆(れんぎょうしゅう)】は1か月近くに及ぶ長期の行事過程を執り行うが、それぞれが担う役割を充てられる。

集団をまとめるリーダー役である【大導師(だいどうし)】

印を結び咒(しゅ)と呼ばれる呪いの言葉を唱える【咒師(しゅし)】

事務方として総務を司るマネージャー役の【堂司(どうつかさ)】の4役に、

【平衆(ひらしゅう)】と呼ばれる7名のメンバー、

計11名で期間中寝食を共にするという。 そのほかに彼らを補佐する多々のサポーターが裏方として存在するそうだ。

 

そもそもこの修行はどこからどうやって生まれたのか?

実忠(じっちゅう、神亀3年(726年) - ?)と呼ばれる良弁の弟子僧がこの行の創始者とされている。

東大寺上院院主の平岡昇修師の講座、「お水取りのひみつ」でお聞きしたのが、

二月堂を創建しその他建築に多大な貢献をしたといわれるこの人は、笠置の山(現京都府相楽郡笠置町にある標高288mの山)に行き≪タイムスリップ≫してトンネルを抜けて、天国に行き着き、そこで行われていたとある修行に衝撃を受けたのが発端だったらしい。

 

それを伝えるのは二月堂縁起である。縁起によると、「笠置の山の龍穴に入り、北へ一里ばかり行くと、兜率天に到着した。そこで四十九院の【摩尼宝殿(まにほうでん)】を巡礼していると、もろもろの天衆が集まって十一面観音の悔過を勤修している常念観音院というところがあった。聖衆の行法を拝して、これを地上の人間世界に移そうとしたが、天上界の一昼夜は、人間界の四百歳にあたり…云々」と、続くのだが、つまりは笠置の山に隠れ住んでいる秘密の場所で天使たちが行っている修行方法に感銘を受け、それを都でも実施したい!と発願したことがことの始まりとされているのだった。

 

二月堂縁起絵巻 上巻 (奈良・東大寺)

(出典:東大寺二月堂縁起絵巻 奈良国立博物館蔵)

 

後で述べるが、笠置にある寺院跡に本当に天人(当時の日本人から見て)が住んでいた形跡があるのだ。そしてMessiah=救世主となる弥勒菩薩(ミトラ)信仰を石に刻んでいるのだ。

 

驚くべきはこのポータカラもしくはポータラ、ポタラ補陀落)のお寺は仏教では無い名前が付けられている。明記されているのは【摩尼宝殿(まにほうでん)】。これはマニ教を意味する中国の漢字だ。そのものずばり!の名前が付けられているのを知った時はかなり興奮した。天衆、聖衆と記されるのは天使達を連想する。

仮にこの山中深くの世に隠された地で行われていた秘儀が仏教という隠れ蓑を着たキリスト教ネストリウス派景教)や迫害されてきたマニ(摩尼)教、ゾロアスター(拝火)教などであったとしたら、

実際の天使の数はキリスト教使徒やマニ・ゾロアスター教と同じ十二だったのではないだろうか。しかし先に述べた通り練行衆の数は十一、で一人足りない。

その一人が【生身の小観音様】ではないかと考える。実施を許すにあたり、ポータラが天国であればその絶対神を地上で再現する生身の体を持つ神、人の子、とか生き神さま、とかいわれる救世主の存在が必要になってくる。縁起によると天使たちは、暖かい皮膚を持った観音様を召喚することを人間界で修法を実施する必須条件として実忠に伝えた。

 

実忠は天使たちが行っていた修法を平城京に持ち帰って自分たちで国家の為に実施しよう、と決心し教えを請い要綱を学び、さらに難波の海で漂っていた生身の小観音様を無事ゲットして、持ち帰り都で実行することになる。

 

さて、実際の修行は【別火(べっか)】入り、と呼ばれる聖なる火を起こし、その火で煮炊きして通常の火元とは居を分け心身を清浄に導くことから始まる。

行の内容は、実施項目は多岐にわたるが主たる目的は十一面観音の前で己の罪過を告白し悔い改めること=【悔過(けか)】だ。初夜、半夜、後夜、晨朝、日中、日没、と一日中時間を決めて業を行う。期間中一同が集って簡素な食事をとる際には≪鳥にむかって自らの食事を施す≫所作がなされる。ダイナミックな行としては【走りの業法】、【だったん(中国北西の異民族を表す≪韃靼≫と同音)】、そして一般人も観て楽しむことができる一大パフォーマンス【おたいまつ】がある。

 

おたいまつとだったん、そしてお水取り、この火と水の競演についてさらに詳しく調べたい。(次回に続く)

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