Morning Dew of A Lotus Petal

古今東西文化と歴史の謎、着物、茶の湯、奈良・大阪・京都の風物詩など筆に任せて書いてみます。

東大寺 修二会とお水取りの謎 ~その1~

3月になった。春の嵐が吹き荒れた朔日から奈良では春を呼ぶ風物詩となる一大イベント【修二会(しゅにえ)】が東大寺で始まった。14日までの半月間の間、二月堂に籠った【練行衆(れんぎょうしゅう)】と呼ばれる修行僧が秘仏十一面観音に過ぎた年の罪過を懺悔し、清浄な心身を得て来る年の国民と国家の繁栄を祈る行事である。修二会という呼び名はもともと二月に実施する宗教祭礼を意味するが、旧暦2月から新暦に切り替えられた明治5年12月3日=明治6年元旦(改暦後)以降に現在のように3月に実施されるようになったそうだ。

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 (上の画像:二月堂縁起)

 下記が上の絵巻部分の物語となる。

 「実忠和尚二七ヶ日夜の行法の間、来臨影向の諸神一万三千七百余座、その名をしるして神名帳を定(さだめ)しに、若狭国(わかさのくに)に遠敷(おにう) 明神と云う神います。遠敷河を領して魚を取りて遅参す。神、是をなげきいたみて、其をこたりに、道場のほとりに香水を出して奉るべきよしを、懇(ねんごろに)に和尚にしめし給ひしかば、黒白二の鵜(う)、にはかに岩の中より飛出(とびいで)て、かたはらの樹にゐる。その二の跡より、いみじくたぐひなき甘泉わき出(いで)たり。石をたたみて閼伽井とす」(東大寺 二月堂縁起)

 

遠敷明神が鎮座する福井県若狭から地下水路を通ってここまで清水が流れ、岩の割って湧き水として噴出した、という伝承である。

前回に触れたが、中央アジアウズベキスタン西アジアペルシャの砂漠地帯では《カナート》と呼ばれる灌漑設備が古代から作られていた。山麓扇状地に湧きだす水をはるか遠くの地まで引いてくる乾燥した地域の知恵である。もし実忠の時代にペルシャからシルクロードを通り海を渡り日本に渡来した遊牧民族の一団が存在して、その長が深く平城京の政治に携わっていたとしたら…?またはその実忠自身がペルシャの人であったのかも知れない。

さらに興味深いのは縁起では香水が噴出した場所から、白と黒の二羽の鳥が飛び出したという話である。白と黒の意味するもの、ゾロアスター教キリスト教マニ教などの説く善悪二元論、光と闇の戦いを彷彿とさせる記述である。

次回は、修行僧が行う行の内容を取り上げてみたい。さらに驚くべき類似点が存在するのである…(続く)

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